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札幌高等裁判所 平成5年(ネ)210号 判決

平成五年ネ第一九一号事件控訴人

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

都築政則

外四名

平成五年ネ第二一〇号事件控訴人

協同組合北見専門店会

右代表者代表理事

北川憲彰

平成五年ネ第二一〇号事件控訴人

甲野太郎

右両名訴訟代理人弁護士

荻原怜一

平成五年ネ第一九一号・第二一〇号事件被控訴人

乙川花子

乙川夏子

丙川一郎

右三名訴訟代理人弁護士

木村達也

宇都宮健児

清水洋

長谷川正浩

神山啓史

小松陽一郎

山崎敏彦

田中義信

山下誠

大橋昭夫

石田正也

安保嘉博

蔵元淳

鈴木健治

藤本明

伊藤誠一

石田明義

中村宏

武井康年

坂本宏一

山田延廣

我妻正規

今重一

今瞭美

主文

原判決中、控訴人国及び控訴人甲野太郎に関する部分を取り消す。

被控訴人らの控訴人国及び控訴人甲野太郎に対する請求をいずれも棄却する。

控訴人協同組合北見専門店会の控訴を棄却する。

訴訟費用は被控訴人らと控訴人国及び控訴人甲野太郎との関係では第一、二審を通じて被控訴人らの負担とし、被控訴人らと控訴人協同組合北見専門店会との関係では被控訴人らについて生じた控訴費用を三分し、その一を同控訴人、その余を各自の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(平成五年ネ第一九一号事件)

1  控訴人国

(一) 原判決中、控訴人国に関する部分を取り消す。

(二) 被控訴人らの控訴人国に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(一) 控訴人国の控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人国の負担とする。

(平成五年ネ第二一〇号事件)

1  控訴人協同組合北見専門店会及び同甲野太郎

(一) 原判決中、控訴人両名に関する部分を取り消す。

(二) 被控訴人らの控訴人両名に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(一) 控訴人両名の控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人両名の負担とする。

二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決書二枚目裏六行目「クレジットカード」の次に「(日専連全国共通カード・名称まるせんカード)」を加える。

2  同一三枚目表一一行目「受けたため、」の次に「控訴人組合を被告として」を加え、同裏一、二行目の各「当庁」をいずれも「釧路地方裁判所」に改め、同二行目末尾に「なお、控訴人組合はその後被控訴人らの右請求を認諾した。」を加える。

3  (当審における控訴人国の主張)

(一)  割賦販売法三〇条の三は、昭和五九年の法改正により設けられ、同年一二月一日から施行された規定であり、Tが被控訴人らに対する強制執行の根拠となる準消費貸借契約公正証書を作成した昭和六〇年一二月当時、同条項が準消費貸借契約にも適用されるか否かについては、肯定説、否定説があり、いずれの見解が相当であるか議論されており、確立した見解や判例があったとは解されない。しかも、右の肯定説が有力とされる現在においてすら、真に当事者にとって、残債務の弁済について準消費貸借契約を締結する合理性と必要性がある場合には、その契約は、同条項の規制の潜脱を目的とするものとはいえず、このような場合には新契約について同条項の規定を適用する実質的根拠は、もはや失われるとする否定説を支持する見解もある。すなわち、既存債務の全額または大部分について履行遅滞に陥っているような場合に、既存債務の履行期を猶予することにより債務者の経済的更生を図り、合理的な計画のもとに返済を実行させることを目的として、準消費貸借契約を締結することには、十分な合理性と必要性があり、債務者にとっては、多少金利負担が増えても、履行期の猶予によって受ける利益は、金利負担の増加を上回るものということができるから、同条項の規制が新契約に及ばないと解しても、債務者の保護に欠けることはないというものである。本件公正証書が作成された当時、相当の根拠をもって否定説が主張されていたのであるから、否定説に従ったT公証人に過失はない。

(二)  被控訴人らの請求異議訴訟に要した訴訟費用相当額は被控訴人らの損害には含まれない。別件の請求異議訴訟に要した訴訟費用は当該訴訟に於ける訴訟費用の裁判に基づいて償還されるべきものであり、損害賠償として別訴で請求することができないものとされている。したがって、被控訴人らの損害額に算入されるべきではない。

三  証拠関係

原審及び当審記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所の認定及び判断は次のとおり訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決書二六枚目裏一行目「場合にも」の次に「、原則として」を加える。

2  同二七枚目裏二行目「いわばシステムとして」を削る。

3  同二八枚目裏一〇行目から二九枚目表五行目までを次のとおり改める。

「(五) 控訴人甲野は昭和四三年から北見市内で司法書士業務を営み、平成四年現在は従業員七名を使用しているが、その受任事件の内容は登記関係業務がほとんどである。同控訴人は昭和四七年ころから控訴人組合の依頼を受けるようになり、公正証書の作成嘱託業務も受任するようになったところ、控訴人組合の公正証書作成嘱託の依頼は、当初から債務承認弁済契約公正証書作成嘱託委任状のひな型を提示して行われ、控訴人甲野は右ひな型を北見公証人役場に持参し、当時の公証人の意見を聞いてその了解を得て、控訴人組合は右ひな型に基づく委任状用紙を印刷し、公証人もこれに対応する債務承認弁済契約公正証書の定型用紙を印刷準備し、以後それらの用紙を利用して控訴人組合の公正証書作成嘱託の依頼、控訴人甲野の公正証書作成嘱託、公証人の公正証書作成の各行為が繰り返し行われていた。

控訴人甲野は、自己の右事務を、当事者間で既に締結された契約に基づく後始末的な公正証書作成事務処理の受任に過ぎないと理解し、控訴人組合が北見市内のいわゆる優良企業であり(因に平成四年当時、控訴人組合のいわゆる顧客は約五万二〇〇〇人、割賦販売斡旋業務等の実際の利用者は約三万五〇〇〇人である。)、その事務処理に問題はないと思っていたこともあって、委任状に記載された合意の内容に立ち入るような審査をすることは全く考えていなかった。控訴人甲野の行った実際の仕事の内容は、委任された事件の書類上の瑕疵をチェックして公証人役場に届け、後日公証人が所要事項を記載した時点で、委任状に債権者代理人と記載されている控訴人甲野の従業員を同行して再度公証人役場に赴き、右従業員が債権者代理人として、控訴人甲野が債務者及び連帯保証人の代理人として公正証書に署名し、完成された公正証書謄本を受領して帰るというものであり、一件につき三〇〇〇円程度の報酬(ただし平成四年当時の金額である。)を受領していた。

控訴人甲野は、昭和六〇年ころ、道内の専門店会相互の知識交換の結果、公正証書の内容を従来の債務承認弁済契約にかえて準消費貸借契約に変更することを計画した控訴人組合から、新しい委任状ひな型を示されて、その旨の相談を受けた。控訴人甲野は右変更に異論なく、右新ひな型を北見公証人役場に持参してTの意見を求めたが、Tも特に異論はなかったため、右新ひな型に基づいて委任状用紙と公正証書の定型用紙が印刷しなおされ、以後本件公正証書のような準消費貸借契約公正証書が作成されるようになった。」

4  同三〇枚目表末行から三一枚目裏七行目までを次のとおり改める。

「(三) 控訴人甲野が準消費貸借契約の原債務の確認を怠り、割賦販売法に違反する内容の本件公正証書を作成嘱託したとの被控訴人ら主張について判断する。

この主張に関する当審における争点は、被控訴人花子名義の買い物分二〇万五六〇〇円(原判決添付別表二)について、本件準消費貸借契約における利息年一五パーセント及び遅延損害金三〇パーセントの約定は割賦販売法三〇条の三に違反するところ(原判決理由三2(五))、控訴人甲野がこれを見落としたことが同控訴人の過失になるかということである。

ところで、控訴人国は、前記「当審における控訴人国の主張(一)」のとおり主張し、控訴人甲野もこれを黙示に援用すると解されるところ、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取り扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合の公証人の職務執行における過失に関する後記判断は、司法書士の事務処理についても妥当すると考えられる。そうすると、後記Tの過失に対する判断で説示するように、本件公正証書が作成された昭和六〇年一二月当時、「割賦購入あっせん業者に対する立替金債務を新たな消費貸借の目的とした場合、三〇条の三の適用があるか」という問題について肯定説、否定説が相当の根拠をもって対立し、実務上の取り扱いも分かれていたのであり、消極説に従った控訴人甲野に過失はなかったというべきであるから、同控訴人には割賦販売法三〇条の三違反の有無を究明するために原債務を確認する義務はない理であり、被控訴人らの主張は理由がない。

(四) 控訴人甲野が準消費貸借契約の原債務の確認を怠り、利息制限法に違反する内容の本件公正証書を作成嘱託したとの被控訴人ら主張について判断する。

この主張に関する当審における争点は、被控訴人花子及び同夏子名義の日専連カード利用による貸金分(原判決添付別表一及び三)について、実質年率四五パーセント程度に及ぶ利息を加えておりながら、利息制限法違反部分の元本充当計算を行わず、残額全部を準消費貸借契約における元本とした違法があり、控訴人組合の計算によっても被控訴人花子名義分で一三万円以上、被控訴人夏子名義分で一九万円以上の超過部分があるところ、控訴人甲野がこれを見落としたことが同控訴人の過失になるかということである。(原判決・事実第二、一51(四)、理由三1(六)(1))

控訴人甲野が従前からその職務上控訴人組合が貸金業務を行っていることを知っていたことは前記引用にかかる原判決理由説示のとおりであるから、同控訴人は、控訴人組合から委任を受ける事件の中には、準消費貸借契約の原債務に貸金債権が含まれるものも有り得ることを予想できたものと思われる。しかし、このことは直ちに右原債務に利息制限法違反の債務が含まれることを予想できたことを意味しないと解される。本件の問題点は、準消費貸借契約の原債務に貸金債権が含まれていることにあるのではなく、右貸金債権の額の確定に当たり、控訴人組合が既払い利息の利息制限法超過部分の元本充当計算を怠ったことにあるのであり、その計算さえなされていたなら、貸金があったとしても問題はなかったのである。そして、この違法は、控訴人組合程度の規模と経歴をもつ専門業者のミスとしては極めて異例のものと解されるから、控訴人組合が貸金業務を行っていたことの認識があったからといって当然に疑うことを期待し得ないものというべきである。このことと、前認定のように控訴人甲野が、既に締結された契約に基づいて完成された委任状により公正証書の作成嘱託事務のみを受任していたことを考慮すると、同控訴人には被控訴人ら主張の過失はなかったというのが相当である。」

5  同三二枚目裏六行目から九行目まで及び同三三枚目表一行目から七行目までを削る。

6  同枚目裏三行目から同三四枚目三行目までを次のとおり改める。

「2 公証人法及び同法施行規則によれば、公証人は法務大臣によって任免され(公証人法一一条、一五条)、職務を行うにつき法務大臣の監督を受け(同法七四条)、法律行為その他私権に関する事実について公正証書を作成する権限と義務を有する(同法一条、三条)。公証人は、公正証書の作成にあたり、嘱託人等の確認をするほか、その内容については、法令に違反する事項、無効の法律行為及び無能力により取り消すことができる法律行為について公正証書を作成することはできず、そのため、法律行為が有効であるか否か、当事者が相当の考慮をしたか否か、その法律行為をする能力があるか否かについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、その者に必要な説明をさせなければならず(同法二六条、二八条、三一条、同法施行規則一三条)、代理嘱託の場合にはその代理人の権限を証明する証書を提出しなければならない(同法三二条)。右のように、公証人は、違法な事項等について公正証書を作成することができないが、その調査に関しては公証人法施行規則一三条の規定がおかれているのみであり、それによれば、公証人は、右事項につき疑いがあるときに必要な説明をさせなければならないとされていること、また公正証書には簡易迅速に既判力を伴わない債務名義を作成するという目的があり、嘱託者自身が承諾している事項については、違法無効な瑕疵は少ないと考えられることなどを考慮すると、公証人の審査は形式的審査の限度に止まるものというべきである。しかし、形式的審査の限度に止まるとはいっても、関係人から聴取した陳述あるいは提出された関係書類のみから審査すれば足りるというものではなく、公証人が当該公証事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知った事情、すなわち職務上知り得た事実を加味して法令違反の存在等の疑いが生じた場合においても、関係人に必要な説明を求めるなどして、違法な公正証書を作成しないようにする義務があると解される。」

7  同三四枚目表末行から同三五枚目裏六行目までを次のとおり改める。

「(三)  本件公正証書における準消費貸借の原債務に、割賦販売法三〇条の三の規制を受けるものが含まれていないかを確認すべきであったかについて。

Tは控訴人組合が割賦購入あっせん業者であることを知っていたが、割賦購入あっせん業者に対する債務を目的とする準消費貸借には割賦販売法三〇条の三の適用はないという見解に立って本件公正証書を作成したことが認められる。(原審における証人Tの証言)

一般に、ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し、実務上の取り扱いも分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に、公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは、のちにその執行が違法と判断されたからといって、ただちに右公務員に過失があったものとすることは相当でないというべきである(最判昭和四六年六月二四日民集二五巻四号五七四頁)。

この見地に立って本件をみるに、割賦販売法三〇条の三は昭和五九年の改正により設けられ、同年一二月一日から施行された規定であるところ、右の改正を受けて、昭和六〇年に簡易裁判所裁判官の協議会が、各地方毎に高等裁判所の主催で開催され、現下の問題点が協議されたことは当裁判所に顕著なところである。そして、「割賦購入あっせん業者に対する立替金債務を新たな消費貸借の目的とした場合、三〇条の三の適用があるか」という問題が東京高裁、札幌高裁及び高松高裁で開催された各協議会に提出された。協議の結果は、右規定は当初の立替払契約における合意の効力を制限するのみであり、履行期の到来した債務の弁済について新たに締結される契約については当事者間の自由にゆだねてよいとする意見もあったが協議員の多数は積極説であった(民事裁判資料一七一号九五頁参照)。

他方、日本信販株式会社は平成四年当時においても消極説に基づく実務処理を行っていたことが認められる(乙第六号証)。

右の事実、殊に期せずして三箇所の協議会において本問が協議されたということは、本件公正証書が作成された昭和六〇年当時、本問について肯定説、否定説が全国の簡易裁判所で対立し、実務上の取り扱いも分かれていたことを推認させるものであるということができる。

とすれば、いずれにしても、消極説に従ったTに過失はなかったというべきであるから、所論の確認義務もないこととなる(以上認定にかかる諸事情に照らせば、そもそも、控訴人組合がこの時期に委任状の様式を変更したこと自体、消極説に依拠してなされた割賦販売法改正への対応策であったとも解されるところである)。

(四) 本件公正証書における準消費貸借の原債務に、利息制限法の規制を受けるものが含まれていないかを確認すべきであったかについて。

Tは昭和五三年一〇月から公証人として北見公証人役場で公証事務に従事し、控訴人組合の関係でも従来の定型用紙を用いて公正証書を作成していた(原審における証人Tの証言)。しかし、その間にTが、その職務に関して控訴人組合が貸金業務をしていることを認識した事実を認めるに足りる証拠はない。

昭和六〇年ころに定型用紙のスタイルが変更された際にも、Tが控訴人組合の入会案内書や入会申込書を見たとは認められず、結局本件全証拠によっても、控訴人組合が貸金業務をしていることをTが職務上知っていたと認めることはできない。

そうすると、前記説示の公証人の審査権限に照らし、Tにおいて、本件公正証書記載の買掛代金の中に貸金債権が含まれていないか否かを積極的に控訴人組合に確認する義務はなかったと解すべきである。

4 よって、控訴人国に対する被控訴人らの請求は理由がない。」

8  原判決書三五枚目裏一〇行目「当庁」を「釧路地方裁判所」に改め、同三六枚目表末行「まず、」から同裏四行目「そうすると」まで及び同五行目の「等」を削り、同行目「被告ら」を「控訴人組合」に改める。

9  同三七枚目表二行目「被告ら」を「控訴人組合」に改め、同行目「等」、同四行目「執行力の排除に要した諸費用相当分に加え、」、同七行目から八行目まで及び同一〇行目「(被告国」から一一行目「一条)」までを、いずれも削除し、同行目「被告ら各自」を「控訴人組合」に改める。

二  よって、原判決中、右と異なる控訴人国及び同甲野に関する部分を取り消し、被控訴人らの右控訴人ら両名に対する請求をいずれも棄却し、控訴人組合に関する部分は相当であるから、同控訴人の控訴を棄却することとし、民訴法三八六条、三八四条、九六条、九五条、九三条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水悠爾 裁判官安齋隆 裁判官持本健司は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官清水悠爾)

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